GE Healthcare Japan Edison Seminar 2021

2021年12月号

GE Healthcare Japan Edison Seminar 2021 Series 1

【基調講演 1】日本における医療課題とそれを取り巻くリーダシップへの期待

黒川  清(日本医療政策機構 代表理事)

黒川  清(日本医療政策機構 代表理事)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは,日本の医療の課題を浮き彫りにした。本講演では,その課題と要因を考え,今後,日本がどのように変わるべきか述べる。

変わる世界と日本の立ち位置

米国ではジョー・バイデン氏が大統領となり,日本でも岸田政権が誕生するなど,世界の政治リーダーの顔ぶれが変わり,今後世界がどのように変化するかが注目されている。一方で,ビジネス界に目を向けると,アマゾン創業者のジェフ・ベソス氏,テスラ創業者のイーロン・マスク氏といったデジタルキッズと言われるリーダーたちが社会を変革している。
現在,世界全体のGDPは上昇している。しかし,日本のGDPは,戦後の東西冷戦の枠組みの中では米国の庇護を受けて高い成長率を保っていたが,冷戦終結後は低成長となり今日に至っている。
2021年4月28日付“Financial Times”に掲載された世界の大学ランキング,企業ランキングでは,米国の大学,企業が上位を占め,ベンチャーキャピタルも米国が圧倒している。かつての製造業中心の時代は,日本のモノづくりの長所が目立っていたが,デジタルトランスフォーメーションによって世界が大きく変わる中で,日本の存在感はなくなっている。

学術分野でも立ち後れる日本

学術分野に目を向けても,日本の存在感は薄れている。文部科学省が2021年8月10日に公表したデータでは,価値の高い科学研究であることを示す「Top10%補正論文数」における日本の順位が10位となった。2000年代半ばまでは4位で,徐々に順位を落としており,競争力が失われている。
日本の競争力が低下している理由として,研究費が少ないとの指摘もあるが,実際には増加しており,大学や公的機関を中心に論文数も伸びている。しかし,影響力のある論文は増えていないのが現実である。また,研究者数もTop10%補正論文数が4位のドイツの倍近くおり,一人あたりの研究費も上位国と比べて見劣りすることはない。
これらのことを踏まえると,科学研究の競争力が衰えている要因は,人材,特に若手の研究者の育成にあると思われる。科学技術振興機構(JST)理事長の濱口道成氏が作成した資料によると,米国における国別博士号取得者は,2015年では中国が5000人を超え,インドは2000人以上,韓国も1000人を上回っている。しかし,日本は150人を超える程度で,非常に少ない。2005年には250人以上いた米国での博士号取得者が徐々に減少し,10年で約100人も減っている事実と,Top10%補正論文数の順位が下がっていることを照らし合わせると,若い人材が海外に行かなくなったことは,大きな問題である。だからこそ,留学を促進する仕組みが重要である。大学は,次の世代を育成する責任があることを忘れてはならない。

求められる変化

冷戦終結により世界情勢が激変し,さらにデジタルトランスフォーメーションやグローバリゼーションが進む中で,日本は変われないでいる。社会構造や文化を変える必要性を認識しているものの,常識を打ち破ることができない状況にある。
このような現状を踏まえて,若い人たちに伝えたいのは,「海外に行こう」ということである。多少の無理をしてでも「海外雄飛」することが大切である。外から日本を見ることで,この国が抱える課題が見えてくるはずである。たくさんの人と交流し,異文化や他分野の研究との「他流試合」と「異種格闘」をすることで,新たな発想が生まれ,イノベーションを起こすことができるだろう。

COVID-19の世界における影響

COVID-19のパンデミックは,全世界に大きな影響を与えた。2021年9月26日のデータによると,米国の死因の1位がCOVID-19で,英国では2位,フランスでは1位である。一方で,日本,韓国,中国,オーストラリアは低く,タイやインド,ベトナムはおよそ中位である。
ITなどのデジタル技術が発達したことで,これらのデータを速やかに得られるようになった。データは単なる情報として知識にとどめるだけでなく,生かすことが重要である。日本の教育は従来,知識の詰め込みに重点を置いてきたが,これからは知識を役立てられる人材を育成することが求められている。

Usefulness of Useless Knowledge

米国の科学者エイブラハム・フレクスナー氏(1866〜1959年)は,“Flexner Report”を作成し,米国の医学教育に多大なる貢献をした人物として知られている。同氏は,“Usefulness of Useless Knowledge”と題した一文を残している。「役に立たない知識の有用性」─この言葉に,歴史の浅い米国が,医学をはじめとした科学研究でトップであり続けている理由がある。そして,この言葉に,日本が抱える課題を解決するヒントがあると考える。どうか若い人たちは海外に行き,将来のリーダーになってほしい。そして,現在のリーダーには,将来のリーダーとなる若い人たちを支援することを期待している。

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