技術解説(フィリップス・ジャパン)

2020年3月号

Dual Energy CT(DECT)の技術の到達点

すべての検査でスペクトラル! ─「IQon Spectral CT」だからできる,理想的なルーチンスペクトラルイメージング

吉村 重哉[(株)フィリップス・ジャパン プレシジョンダイアグノシス事業部CTモダリティスペシャリスト]

フィリップスが開発した「IQon Spectral CT」は,2層検出器を搭載することでdual energy CT技術をルーチン検査の中で使用可能としたCT装置である(図1)。このCT装置は“Spectral is Always On”というコンセプトの下,今までのルーチン検査を変えることなく,すべての検査においてスペクトラルイメージングの取得が可能となるSpectral CTである。
dual energy検査はCT検査の新たな可能性として期待が高まっており,各メーカーからdual energy検査に対応したCT装置が販売され,その有用性についてさまざまな報告がされている。一方で,臨床応用が当初の期待どおりには普及していない状況も続いている。主な原因として,従来の検査で必ず得られていた120kVp画像が同時に取得できないこと,仮想単色X線画像の画質の問題,dual energy検査の実施は撮影前に判断が必要で,通常検査では撮影後にdual energy解析を追加することができない,などが挙げられる。これら従来のdual energy CTでの課題を,2層検出器を搭載したIQon Spectral CTで解決した。すべての検査で120kVp従来画像とスペクトラルイメージングを両立させ,ミスレジストレーションのないエネルギー取得が可能なIQon Spectral CTは,スペクトラルイメージングの新たなイノベーションを実現する。

図1 IQon Spectral CT

図1 IQon Spectral CT

 

NanoPanel Prism─2層検出器

すべての検査でスペクトラルイメージングを可能とするIQon Spectral CTにおいて,最も重要となる技術が「NanoPanel Prism」と呼ばれる2層検出器である(図2)。NanoPanel Prismは,シンチレータを2層構造として,極薄のフォトダイオードをシンチレータの側面に配置し,信号伝達系にアナログ回路を使用しない従来のデジタル検出器を昇華させたデジタル2層検出器である。シンチレータ上層には光電効果の影響を十分に得られる低エネルギーの取得に適したYttriumをベースとした素材を使用,下層にはGOS素材を使用して高エネルギーを取得する。この構造により,シンチレータの発光効率は従来より25%上昇し,極薄のフォトダイオードを囲うタングステングリッドの影響で,クロストークは30%低減を実現した。収集された2つのエネルギーには時間的なズレ,空間的なズレがないのがNanoPanel Prismの大きな特長であり,臨床機としては初のミスレジストレーションのないスペクトラルイメージングが可能となった。IQon Spectral CTでは,従来方式の2つのエネルギーソースにより撮影を行うdual energy CTでの課題を解決し,検出器で1つの連続X線エネルギーを分光して異なるエネルギーを収集することで,事前にdual energy撮影プロトコールの設定を必要としない,レトロスペクティブなスペクトラルイメージングの施行が可能となった。

図2 NanoPanel Prism─2層検出器

図2 NanoPanel Prism─2層検出器

 

Spectral Based Image(SBI)(図3)

IQon Spectral CTは,逐次近似応用再構成“iDose4”やシステムモデル逐次近似再構成“IMR Platinum”とは別に,スペクトラルイメージング専用の再構成である“Spectral Reconstruction”が追加されている。Spectral Reconstructionは,7段階のノイズ低減レベルを有し,条件に応じたノイズ低減が可能である。スペクトラルイメージングは,分光した2種類のプロジェクションデータでSpectral Reconstructionを行い,「Spectral Based Image(以下,SBI)」を作成することによって可能となる。SBIは,2種類のプロジェクションデータに対し不正な信号の補正を行った後,光電効果とコンプトン散乱の領域に分けて画像再構成を行い,それぞれの画像に各種キャリブレーションを施した後,Spectral Reconstructionによって作成される。この際生じるノイズ(anti-correlated noise)は,仮想単色X線画像のノイズを増加させ,画像診断時の障害となる。anti-correlated noiseをSpectral Reconstructionにより除去して画質を安定させ,従来と同一のプロトコール(同一線量)でも日常臨床で使えるスペクトラルイメージングを可能とした。作成されたSBIからは,仮想単色X線画像,ヨード密度画像,実効原子番号画像など,さまざまな情報を持ったスペクトラルイメージングが取得可能である。

図3 Spectral Based Image(SBI)

図3 Spectral Based Image(SBI)

 

臨床応用例1

スペクトラルイメージングの一つ,仮想単色X線画像(MonoE)は,単一エネルギーで得られる画像を仮想的に表現した画像である。従来のdual energy CTでは,仮想単色X線画像におけるkeV(エネルギー)の違いによるノイズ増加が課題であったが,IQon Spectral CTでは40〜200keVまで,一定のノイズレベルで1keVごとに連続的に表現可能である。これにより,造影効果の増強(CT値の向上)を目的とした低keV画像,金属や骨からのビームハードニングの影響を抑える高keV画像での画質が向上する。造影効果の増強を目的とした低keV画像を用いることにより,従来では造影剤が使用できない,期待どおりの造影効果を得られないといった,高齢で腎機能障害のある患者であっても,非常に少ない造影剤使用量で撮影可能となった(図4)。

図4 肝細胞がん 腎機能低下のため造影剤量を50%低減,造影剤使用量:17.5mL/kg/s 両肺葉に早期濃染,washoutを示す腫瘤,結節を認める(←)。進行性肝細胞がんを疑う。 (画像ご提供:公立八鹿病院様)

図4 肝細胞がん
腎機能低下のため造影剤量を50%低減,造影剤使用量:17.5mL/kg/s 両肺葉に早期濃染,washoutを示す腫瘤,結節を認める()。進行性肝細胞がんを疑う。
(画像ご提供:公立八鹿病院様)

 

また,すべての撮影で常にスペクトラルイメージングを取得しているので,予期せぬ造影不良に対しても,追加撮影なしで後から造影効果を増強しコントラストを最適化することにより,リカバリーが可能である(図5)。

図5 大動脈解離疑い 撮影中の肘曲げによる造影不良 (画像ご提供:東京都健康長寿医療センター様)

図5 大動脈解離疑い
撮影中の肘曲げによる造影不良
(画像ご提供:東京都健康長寿医療センター様)

 

臨床応用例2

スペクトラルイメージングの一つ,ヨード密度強調画像(Iodine no water)は,画素値のスケールが,CT値ではなくmg/mLのヨード密度として表現される画像である。ヨードを含む部分が白く表示され,それ以外の部分が黒く表示されるため,造影剤による濃染部分の特定や血流が乏しい部分の観察に有用である。また,経時的な病変観察においては,病変治療後のヨード取り込み量を測定・管理できるため,CT値による観察を補強することも期待されている(図6)。

図6 非閉塞性腸管虚血(NOMI) ヨード密度強調画像のフュージョン画像(右)では腸管の正常範囲と虚血の範囲を明瞭に抽出 (画像ご提供:苫小牧市立病院様)

図6 非閉塞性腸管虚血(NOMI)
ヨード密度強調画像のフュージョン画像(右)では腸管の正常範囲と虚血の範囲を明瞭に抽出
(画像ご提供:苫小牧市立病院様)

 

臨床応用例3

スペクトラルイメージングの一つ,実効原子番号画像(Z effective)は,組織の実効原子番号を表した画像である。実効原子番号とは,元素の質量減弱係数を混合物にも適用したもので,水ならば7.42,空気ならば0と,組織によって値が決まっている。よって,同じ原子番号を持つ物質であっても混合物の密度の違いで値は変化するため,ヨードの濃染は幅を持った値で表示されるが,血流マップとして肺塞栓症やイレウスの観察に応用されることが多い。結石や石灰化は,比較的安定した数値を示すことが多いので,腎結石,胆石,骨観察に用いることも可能である(図7)。

図7 慢性肺動脈塞栓 実効原子番号画像(右)によりS6区域の血流低下が明瞭に抽出された(←)。 (画像ご提供:札幌心臓血管クリニック様)

図7 慢性肺動脈塞栓
実効原子番号画像(右)によりS6区域の血流低下が明瞭に抽出された()。
(画像ご提供:札幌心臓血管クリニック様)

 

臨床応用例4

スペクトラルイメージングの一つ,カルシウム抑制画像(Calcium Suppression)は,骨中のカルシウムを認識して抑制した画像を表示することができる。これまで骨挫傷の画像診断は,CTの120kVp従来画像では骨挫傷の領域を特定することは困難であり,MRI検査がゴールドスタンダードであった。しかし,Calcium Suppressionでカルシウムを抑制することで,新鮮な出血,浮腫を抽出することが可能となり,MRIと同等の画像を得られる。検査の短時間化や,CT検査後にMRI検査を行う場合に適切な条件設定ができるなど,骨挫傷の画像診断のワークフローの最適化が可能である(図8)。

図8 外傷後腰痛,両側下肢しびれ ←陳旧性圧迫骨折 ←急性期圧迫骨折 (画像ご提供:熊本中央病院様)

図8 外傷後腰痛,両側下肢しびれ
陳旧性圧迫骨折 急性期圧迫骨折
(画像ご提供:熊本中央病院様)

 

臨床応用例5

すべての検査で制限なくスペクトラル撮影が可能なため,心臓撮影においてもスペクトラルイメージングを取得することが可能である。心臓に疾患を持つ患者は腎機能が低下しているケースもあり,撮影時に投与する造影剤量の決定を慎重に行う必要がある。IQon Spectral CTでは,仮想単色X線画像の低keV画像を使用し,造影コントラストを維持したまま大幅に造影剤量を低減した撮影が可能である(図9)。

図9 腎機能低下患者に対する冠動脈精査 腎機能低下のため,MonoE 50keV画像を用いて造影剤使用量9mL (画像ご提供:みなみの循環器病院様)

図9 腎機能低下患者に対する冠動脈精査
腎機能低下のため,MonoE 50keV画像を用いて造影剤使用量9mL
(画像ご提供:みなみの循環器病院様)

 

ステント内腔の評価においてはヨード密度強調画像を使用し,ブルーミングアーチファクトの影響を抑え,かつ造影剤の存在の有無を確認することができる。また,実効原子番号画像を使用し,カラーマップによるステント内狭窄範囲の視認性を向上することができる。従来の120kVp画像ではアーチファクトの影響で内腔の評価は困難であったが,スペクトラルイメージングによりステント内腔の再狭窄を明瞭に描出することができる(図10)。

図10 スペクトラルイメージングによるステント内腔の抽出 (画像ご提供:みなみ野循環器病院様)

図10 スペクトラルイメージングによるステント内腔の抽出
(画像ご提供:みなみ野循環器病院様)

 

心筋血流評価は,冠動脈の形態的評価とともに心筋血流を観察する包括的な心臓CT検査である。従来の120kVp画像では,ビームハードニングアーチファクトの影響や造影コントラスト不足により,心筋血流評価を正確に行うことができない症例があった。それを解決する方法として仮想単色X線画像を使用することにより,心筋近傍に位置する造影された大動脈や左心室からのビームハードニングアーチファクトを低減することができる。また,低keV画像は心筋全体の造影コントラストを向上させ,心筋血流低下を明瞭に抽出することが可能である(図11)。

図11 心筋血流評価 OMの領域に一致したdefectの範囲(←)を明瞭に確認 (画像ご提供:みなみ野循環器病院様)

図11 心筋血流評価
OMの領域に一致したdefectの範囲()を明瞭に確認
(画像ご提供:みなみ野循環器病院様)

 

2層検出器を搭載したIQon Spectral CTは,従来のdual energy CTの課題を克服する,さまざまなテクノロジーを搭載した革新的なCTである。すべての検査において後からスペクトラルイメージングを追加できることは,実臨床においても大きなアドバンテージとして,CT検査と画像診断に大いに貢献すると考える。

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