Canon Clinical Report(キヤノンメディカルシステムズ)
2026年5月号
鎮静薬に頼らない安全な小児MRIの実施をめざしたプレパレーションの取り組み ~プレパレーション動画の活用で鎮静率が低下し安全性だけでなく患者・家族の達成感も向上~
久留米大学病院
小児MRI検査では、静止が難しい場合に薬を用いた鎮静が行われている。しかし、薬による鎮静にはリスクがあることから、小児医療の現場ではさまざまな方法で検査前プレパレーションを行い、鎮静回避に努めている。久留米大学病院では、脳神経外科の下川尚子講師が中心となり、キヤノンメディカルシステムズがCSR(社会貢献)活動の一環として制作・公開しているプレパレーション動画などを活用して、薬に頼らない小児MRI検査を実践し、成果を上げている。同院における小児MRIプレパレーションの実際について、関係者にインタビューした。
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小児医療の地域中核病院で薬に頼らない小児MRIを開始
2028年に創立100周年を迎える久留米大学病院(福岡県久留米市、1018床)は、地域の中核病院として医療を提供し、医療人の育成や研究に取り組んできた。現在は、特定機能病院、地域がん診療拠点病院、高度救命救急センターを有する高度急性期病院として、筑後地方(福岡県南部)および隣接する県を中心に約100万人の医療圏の地域医療を支えている。小児医療においては同院と市内の聖マリア病院が筑後地方の中核となっているが、同院では特に、希少疾患や特殊な治療が必要な患者を多く受け入れていることが特徴だ。13の専門グループを持つ小児科と、脳神経外科をはじめとした各科が連携することで専門性の高い診療を提供しており、年間の小児患者の入院者数は約1000人に上る。
小児医療では患者の心身への負担を減らすために侵襲性を軽減することが重要で、画像診断においても配慮が求められる。現在では診療に欠かせないモダリティとなっているMRIは、放射線被ばくがなく、痛みを伴わないことが利点であるが、狭い空間で大きな音がする中、長い時間の静止が必要となるため、特に乳幼児から学童期の子どもでは協力を得ることが難しい。そこで検査を完遂するために鎮静薬を用いて検査を行う傾向にあるが、薬による鎮静にはリスクがあることが知られている。
同院でも小児MRI検査においては、患者の年齢や発達状況に応じて担当医が鎮静の要否を判断してきたが、薬に頼らない小児MRI検査を実践し、その普及をめざす下川尚子講師が2021年に脳神経外科に赴任したのを機に、プレパレーション動画などを活用した非鎮静の小児MRI検査の取り組みを開始した。
「子どもにリスクを負わせない」ためのMRIプレパレーション
小児MRI検査における鎮静薬投与については、2010年に日本小児科学会医療安全委員会が実施した調査で、回答のあった施設の35%(147施設)で合併症を経験していることが明らかになり、呼吸停止(73施設)や心停止(3施設)といった重篤な事例も報告された1)。そこで2013年に、日本小児科学会、日本小児麻酔学会、日本小児放射線学会が、「MRI検査時の鎮静に関する共同提言」(以下、共同提言)を公表した。共同提言では、「鎮静は自然睡眠とまったく異なること」「どの鎮静薬も危険なこと」など鎮静薬使用の危険性が強調され、リスクの説明と同意、患者の評価や監視、バックアップ体制など、小児MRI検査をより安全に実施するための基準が提示された。
小児MRI検査における鎮静のリスクについて、小児科の向井純平助教は、「薬による鎮静自体のリスクに加え、MRI検査の環境も影響します。患者がトンネル内に入るため観察しにくいことや、磁性体を持ち込めないといった特殊な環境が、鎮静のリスクをより大きくしています」と説明する。
共同提言の公表後は各施設が体制整備や対応を進め、鎮静リスクの低減や鎮静回避に関する報告も増えてきた。2020年に示された共同提言の改訂版2)では、「薬に頼らない鎮静」が新規項目として追加され、薬剤を用いずに検査を行う方法が紹介されている。
小児脳神経外科を専門とする下川講師は、共同提言を受け、2014年ごろから前任地で鎮静薬を用いない検査をめざして小児MRIプレパレーションの取り組みを開始した。下川講師は、「プレパレーションは『準備をする』という意味で、自然睡眠をうながす方法や動画・模型を使った準備など、いろいろな方法があります。年齢やその子に合った方法を見極めながら対応しますが、医療者や家族の負担は大きくなる側面もあります。鎮静MRIの方が患者が確実に寝てきれいな画像が得られ、はるかに楽だったりします。それでも『子どもにリスクを負わせたくない』という、その一つの目的のために関係者が労を惜しまずに取り組むのが小児MRIプレパレーションであると思います」と、取り組みへの思いを述べる。
同院では現在、子どもをおくるみ(布)にくるんだり、昼寝時間を検査時間に合わせることで自然睡眠での検査を行う「お昼寝MRI」や、プレパレーション動画を活用して、0歳からの非鎮静MRIに挑戦している。
企業と医療者の協働で制作したプレパレーション動画を活用
プレパレーション方法の一つである動画プレパレーションは、動画を用いて患者や家族に検査の準備・予習・心構えをしてもらう方法である。キヤノンメディカルシステムズでは、CSR活動の一環として、子どもたちが楽しみながら検査内容を正しく理解し、不安感や恐怖感を克服して前向きに、できれば鎮静薬を使用せずに検査を受けられるように、プレパレーション動画を制作・公開する取り組みを進めている。2020年に、360°カメラを使用して子どもの目線でMRI検査の一連の流れを体験できる実写版の小児MRI検査説明動画をYouTubeに公開。2021年には、ポケモンが登場する実写版の説明動画「ポケモンといっしょにMRIけんさのようすをみてみよう!」(以下、ポケモン動画)を株式会社ポケモンと共同制作し、公開した。
下川講師は以前よりアニメーション版の検査説明動画をプレパレーションに活用しており、キヤノンメディカルシステムズがポケモン動画を制作する際にはシナリオ作成などに協力した。下川講師は、「動画プレパレーションを始めたころはCD-ROMを貸し出していましたが、その管理が大変でした。現在は、YouTubeの動画ページにリンクするQRコードが掲載された案内チラシをお渡しして、スマートフォンなどで簡単に視聴してもらうことができ便利になりました。キヤノンメディカルシステムズ制作の動画は実写のVR動画のため、リアルな疑似体験ができることが非常に有用です」と話す。
同院では共同提言を踏まえ、鎮静薬を用いて検査をする場合には原則入院で実施している。MRI検査となった場合、まず外来と入院のどちらで検査を行うかを家族と相談する。下川講師は、「鎮静・非鎮静のリスクとベネフィットを説明し、新生児から2歳前後くらいまではお昼寝MRIを、3歳前後から9歳あたりを中心に12歳くらいまでは、患者さんに合わせて動画プレパレーションを提案しています。入院検査は付き添うご家族にも負担となりますし、特に兄弟姉妹がいる場合にはハードルが上がります。そのため、薬で鎮静しなければ外来で検査が可能なことをお伝えすると、非鎮静での検査を選択されることが多いと感じます」と話す。
動画プレパレーションを実施する場合には、案内チラシを渡し、自宅で家族と一緒に繰り返し視聴してもらうように説明している。検査予約日まで時間が空く場合には、検査数日前から集中的に見るといった視聴のコツも情報提供する。
MRI検査説明プレパレーション動画(ポケモン版、実写版)
キヤノンメディカルシステムズの小児MRI説明動画ページ(動画の視聴、チラシのダウンロードが可能)
医療安全だけでなく患者と家族が喜びと達成感を実感
下川講師は同院に赴任後、チラシを持って小児科の医局やカンファレンスを訪れては鎮静のリスクや動画プレパレーションを説明し、可能な範囲で非鎮静MRIを検討してほしいと周知して回った。下川講師は、「鎮静するかしないかは担当医の判断であり、病状によってはプレパレーションを実施する余裕がない場合もあるため、一律に非鎮静MRIを勧めるわけではありません。ただ、検査を待てる場合には非鎮静での検査に挑戦してもらうようにうながすことが大切だと考えています。そのためにも小児病棟や放射線科にも足しげく通い、協力を得られるように働きかけて少しずつ仲間を増やしていきました」と当時を振り返る。
小児病棟では、動画プレパレーション導入前は、絵本や模型などを使って看護師が患者と遊びながらプレパレーションを実施していた。子ども一人ひとりの年齢や発達段階、性格や既往歴などを考慮して実施するが、準備の負担が大きく、看護師の経験とスキルに依存するためバラツキがあり、何度も行うことは難しかった。川野佐由里師長は、「動画の活用で非鎮静の可能性が上がれば医療安全上の意義は大きく、プレパレーションの質を一定に保つこともできるため、下川先生からいただいたご提案には大賛成でした。また、看護の面では、鎮静薬を用いる場合は血管確保や、覚醒までの観察を頻回に行うなどマンパワーを要するため、非鎮静MRIは子どもや家族にとってはもちろん、看護業務においても大きなメリットがある取り組みだと感じています」と述べる。
小児看護専門看護師の平塚奈希看護師は、動画プレパレーションが有用だった事例として、2例を挙げる。
「外来でご家族から『針への恐怖心が強く鎮静を回避したい』と相談があった4歳女児では、実写版動画を事前に視聴してもらい検査のイメージをつかんでもらうことで、4歳の子が鎮静なしに検査をやり抜くことができました。また、定期的にMRI検査を受けていた5歳男児は、前回まで鎮静で検査を行っていましたが、ポケモン動画に興味を示し本人から『できるかもしれない』と反応がありました。ご家族は心配していましたが、複数回視聴して検査に臨んだところ、体動なく検査を完遂できました。本人にとって『できた』という喜びと達成感、家族にとっても子どもの成長が感じられた事例だったと思います」
動画で“MRIを知る”ことが子どもの心の準備に役立つ
同院の小児(0~12歳)のMRI検査は年間700~750件ほどで、このうち動画プレパレーションの主な対象となる3~9歳は約400件となっている。放射線部では、MRI検査は成人・小児を区別せずに20分の検査枠で予約を受け付け、患者には予約時間の30分前に来室してもらい着替えや磁性体のチェック、点滴準備などを行う。その際、お昼寝MRIや動画プレパレーションで検査を受ける患者の準備が整っていない場合(寝ていない、入室をためらっているなど)は、検査の順番を変更するなどして非鎮静で検査を行えるように努めている。
梨子木一高副技師長は、動画プレパレーション導入前後の変化について、「以前は検査室に来て初めてMRIを見ることになるため、驚いて泣き出してしまう子もいましたが、事前にプレパレーション動画で予習していることで『動画で見たものと一緒』という感覚を持ってくれます。MRIを見知っているかの差は大きく、技師も説明しやすいですし、スムーズな検査につながっています。それでも苦労することはありますし、中には子どもの準備が整うまで2~3時間待つこともありますが、子どもの気持ちを尊重することを大切にしています」と話す。
動画プレパレーションやお昼寝MRIの導入により薬による鎮静は減少しており、小児MRIにおける鎮静薬使用の割合は導入前の約5割から、2024年度には3割まで減少した。なお、男女別で見ると、女児は以前と鎮静率が変わらない一方で、男児ではポケモン動画を見て恐怖心が和らぎ検査を受けられる子が増え、鎮静率が大きく下がっているという。梨子木副技師長は、「画像診断管理加算におけるMRI装置の安全管理を遵守する中に小児の鎮静の項目もあり、各病院で鎮静に頼らない小児検査の取り組みが進んでいます。日本磁気共鳴医学会でも小児鎮静に関する報告が近年増えていて、小児MRIの鎮静回避の動きは全国的に広がりつつあると感じています」と話す。
また、同院では予約検査だけでなく、救急のシーンでもプレパレーション動画を活用している。専攻医として救命救急センターに務める脳神経外科の松村舜祐助教は、「外傷などでMRI検査が必要なことがありますが、動画プレパレーションはその場ですぐに実践できるので、検査の待ち時間に見てもらって活用しています」と述べる。
外来でチラシを渡し自宅で繰り返し視聴するように案内
プレパレーションにより7割弱の患者で鎮静を回避
同院で取り組みを開始してから約5年が経過し、自然睡眠や動画プレパレーションの介入効果について臨床研究も実施している。脳神経外科外来を受診しMRI検査を受けた0歳から6歳未満の約100名を対象にした検討で、2歳前後までは睡眠法、3歳以上では動画プレパレーションを実施し、その効果を解析した。研究責任者を務める脳神経外科・救命救急センターの橋本洋佑助教は、「プレパレーションがうまくいかないこともあるため、 検査では3回まで挑戦してみて、できなければ鎮静する方法をとりました。解析の結果、睡眠法も動画プレパレーションも7割弱で鎮静を回避することができ、特に乳児では非鎮静は無理と考える医師も多い中、思った以上に回避することができたという印象です。また、3回目の挑戦で成功するというケースはほぼなく、ほとんどが1回目で成功していました。つまり、プレパレーションでは1回目の撮影での準備が非常に重要であると言えると思います」と話す。
この結果を踏まえて現在は、基本的に睡眠法、動画プレパレーションともに1回目でできなかった場合には鎮静薬の使用を検討する運用に変更している。また、動画プレパレーションのケースでは検査中に耐えられなくなってしまうこともあるが、梨子木副技師長は、「子どもは怖い思いを長くすると、二度とMRI検査を受けたくなくなってしまうので、難しい場合には医師に相談して早めに諦める判断をしています」と、患者に合わせた柔軟な対応が大切であると述べる。
MRI検査直前にも看護師が声かけしながら視聴する(撮影:松永 望)
リスクベネフィットを考慮し適切に検査を行う重要性
プレパレーションの取り組みは成果を上げているが、画質の劣化という避けられないデメリットがある。これに対して下川講師は、「ブレのある画像が増え、放射線科の先生方にはご苦労をかけています。手術適応を判断する立場からすると、画像が多少ぶれていてもあるポイントをとらえていれば、手術の要否を判断できる疾患もあるため、検査目的ごとに画像クオリティを考えることが大切だと思います」と話す。複数のシーケンスを撮像するMRIでは検査の完遂をめざすのではなく、必要最低限の画像を得られた段階で許容することも必要となる。
小児MRI検査においては、多くの医師が患者の年齢を勘案して鎮静・非鎮静を判断しているが、具体的な年齢について統一的な基準がないのが現状だ。下川講師は、鎮静問題を検討する上での最大のポイントは、患者ごとにリスクベネフィットを考慮して、バランスをとることだと強調する。
動画プレパレーションをMRI検査を行うすべての施設へ
下川講師らは、さまざまな機会をとらえて同院の取り組みを紹介している。橋本助教は、「小児の専門医がいれば安全に鎮静管理をしやすく鎮静MRIを選択しやすいので、むしろ専門医がいない施設でこそ有効だと思います」と述べる。また、向井助教は、「本来、子どもは自分がどのような検査を受けるかを知る権利があるので、それを尊重するためにも動画プレパレーションは意義があります」と話す。
精力的に普及活動を続ける下川講師は、「どの施設でも一定のクオリティのプレパレーションを提供できることが動画プレパレーションのメリットです。子どもたちにリスクを負わせず、医療安全を追求するのが非鎮静MRIプロジェクトなのです」と述べ、薬に頼らない安全な小児MRIが広く実践されることに期待を示した。
(取材日:2026年3月11日)
[参考文献]
1)勝盛 宏, 阪井裕一, 草川 功, 他:小児医療委員会報告 MRI検査を行う小児患者の鎮静管理に関する実態調査. 日本小児科学会雑誌, 117(7):1167-1171, 2013.
2)日本小児科学会, 日本小児麻酔学会, 日本小児放射線学会:MRI検査時の鎮静に関する共同提言 2020年
2月23日改訂版.日本小児科学会雑誌, 124(4):771-805, 2020.
*所属、役職は2026年3月取材当時のものです。
©Pokémon. ©Nintendo/Creatures Inc./GAME FREAK inc. ポケットモンスター・ポケモン・Pokémonは任天堂・クリーチャーズ・ゲームフリークの商標です。
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