Canon Clinical Report(キヤノンメディカルシステムズ)
2026年8月号
未発症者への保険適用がもたらすHBOC診療の進化とMRIサーベイランスの重要性 〜造影乳房MRIとMRI生検による早期発見で患者を適切な医療につなぐ個別化医療の最前線〜
昭和医科大学病院
ゲノム医療の進歩に伴い、個々の患者のリスクに基づいた個別化医療が実臨床に広がりつつある。遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)では、2020年度の診療報酬改定で乳がん・卵巣がんの既発症者に対する遺伝学的検査や遺伝カウンセリング、リスク低減手術、サーベイランスが保険適用され一般診療となっているが、2026年度の診療報酬改定で6月より、保険適用ががんの未発症者である第1度近親者に対する遺伝学的検査まで拡大された。未発症者への保険適用は大きな転換点であるが、解決すべき課題もある。そこで、先駆的にHBOC診療に取り組んできた昭和医科大学病院乳腺外科の垂野香苗准教授と、放射線科の戸﨑光宏客員教授(社会医療法人博愛会相良病院放射線科主任部長)に、最新動向や乳がんサーベイランスにおけるMRIの役割などについてお話をうかがった。
放射線科・ |
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未発症者への保険適用拡大で大きく前進するHBOC診療
HBOCは、BRCA 1/2遺伝子に生殖細胞系列の病的バリアントを有することに起因する遺伝性腫瘍の一つで、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、膵臓がんなどの発症リスクが高いことがわかっている。遺伝的リスクは性別にかかわらず50%の確率で子どもに受け継がれるため、HBOCと診断された血縁者がいる場合は、その可能性を考慮する必要がある。HBOCでは乳がんの発症率が一般女性の7〜8倍と著しく高く、若年での発症、多発・重複がん、悪性度が高いといった特徴があるが、遺伝学的検査で特定が可能で、リスク低減手術(乳房切除術)やサーベイランス(がん早期発見のための定期検査)による対策を講じることができる。乳がん・卵巣がんの既発症者に対しては、2020年度の診療報酬改定で遺伝学的検査や遺伝カウンセリング、リスク低減手術、サーベイランスが保険適用となった。
遺伝的リスクを有する場合、従来の標準的な対策型検診だけでは乳がんの早期発見や適切な予防が難しく、若年齢からのリスクに応じたリスク層別化検診が不可欠となる。これまでその機会は限られていたが、2026年度の診療報酬改定で6月より、がんの発症の有無にかかわらずHBOC患者の第1度近親者も保険適用の対象となったことで、自分のリスクを早期に知り、精密な検査、リスク低減手術の選択も可能となった。垂野准教授は、「これまではHBOC患者の血縁者で同じ体質を持っていても、がんを発症していない人には医療が届いていない状況でした。今回の診療報酬改定により、血縁者の方の遺伝学的検査、そしてHBOCの診断がつくことでがんを発症していなくても予防的医療が保険診療で行えるようになったことはとても大きな一歩です」と、その意義を強調する。
先駆的取り組みで見えてきたサーベイランスの有効性
昭和医科大学病院では、乳がん診療の第一人者でHBOC医療の普及・啓発に尽力した乳腺外科医の故・中村清吾氏が中心となって設立したブレストセンターにおいて、チーム医療体制の下、先駆的にHBOC診療を提供してきた。2020年の保険収載により遺伝学的検査が格段に増加し、陽性と診断された乳がん患者への遺伝カウンセリングを通じてがんを発症していない血縁者が遺伝学的検査や診療を希望することもあったが、そこには自費診療の高い壁があったと垂野准教授は述べる。
「未発症で検査を希望される方は、ご家族を乳がんで亡くしていたり、大変な治療を受ける姿を目の当たりにされたりして、陽性であれば予防や早期発見につながる医療を受けたいという気持ちがありますが、自費診療の負担が高い壁となっていました。遺伝性のHBOC診療ではがんを発症してない近親者にも医療を提供することが重要で、保険診療として提供することが望まれます。それには日本のデータを蓄積する必要があるため、当院では研究費を活用して臨床研究という形で患者の負担を抑えつつ、未発症者にHBOC診療を提供してきました」
HBOC診療ガイドラインでは、未発症者でHBOCと診断された場合に造影乳房MRIによるサーベイランスを推奨しており、同院では戸﨑客員教授の協力を得て、早くから未発症者に対するMRIサーベイランスおよびMRIガイド下生検を実施してきた。垂野准教授は、「MRIサーベイランスにより、マンモグラフィや超音波では見つかりにくいごく早期の非浸潤癌で発見して治療につなげることができており、サーベイランスの有効性を実感しています」と述べる。
未発症の健康な人に対するMRIサーベイランスの難しさ
遺伝性という体質の特徴から、高リスク未発症者へ保険診療で医療を提供できるようになったことは大きな前進であるが、その実践には解決すべき課題も多い。垂野准教授は、その一つが正しい情報の周知と重要性の認識であると述べ、「BRCA 1/2陽性でMRIサーベイランスとなっても、『今は健康だから』と通院をやめてしまうケースもあります」と当事者の意識を変える必要性に言及する。戸﨑客員教授も、「国内でHBOC診療が開始されて約15年が経ちますが、陽性者への予防医療についてはリスク低減手術に関心が集まり、MRIサーベイランスの重要性がほとんど認識されてきませんでした。医師や遺伝カウンセラーにも正しく認識されていないことも多く、当事者が正確な情報やMRIサーベイランスにアクセスしにくい状況が続いています」と説明する。
その背景として戸﨑客員教授が指摘するのが、MRIサーベイランスを実施する体制の欠如だ。日本ではMRIが広く普及しているものの、乳房MRIは主に術前検査として実施され、未発症の健康な人に対して行われることはほとんどなかった。戸﨑客員教授は、「術前検査と未発症者へのサーベイランスでは、MRIの読影方法がまったく異なります。サーベイランスでは、マンモグラフィや超音波ではとらえられない微小な病変を検出することが求められますが、放射線科医にもあまり知られておらず、その先のMRI生検ができる施設は非常に限定的です。米国などではハイリスク外来で未発症者に対するMRIサーベイランスやMRIガイド下生検が一般的に行われており、大きく後れを取っています」と述べる。
チーム医療が必要なHBOC診療は主にハイボリュームセンターが取り組んでいるが、そのような施設は診療科が多くMRI検査枠が限られているため、未発症の健康な人に対する検査は理解を得にくく枠を設定できないという課題もある。また、長期間にわたるサーベイランスの間、受診者を支えていく遺伝カウンセラーの数も十分とは言えない。垂野准教授は、「MRIサーベイランスをしていても、結局マンモグラフィや超音波で見えるようになってから生検をするのでは意味がありません。乳腺外科医はサーベイランスの画像診断には慣れていないため、乳腺外科と放射線科がしっかりと連携し、正しく撮像・診断することが何より重要です」と述べる。
■乳房MRIルーチン検査へのPIQEの適用:過誤腫
HBOC診療に貢献するキヤノンの先進技術
乳房MRIでは、ダイナミック撮像と矢状断高分解能撮像が重要であるが、MRIサーベイランスではごく早期の病変をとらえるため、さらに高い空間分解能が求められる。2026年に発表されたキヤノン社製MRIの最新ソフトウエア「Ver.12」では、超解像画像再構成技術「Precise IQ Engine (PIQE)」の適用が3Dシーケンスに拡大し、ダイナミック撮像においても高画質化を図れるようになった。戸﨑客員教授は、「糸のように微細な見つかりにくい早期の非浸潤癌を描出し、生検を行うためには、ほかのどの領域よりも精細で明瞭な画像が必要です。そのため、Deep Learningを活用して空間分解能を向上させたり、ノイズを低減してSNRを上げるPIQEのような手法はとても有用です」と話す。
また、キヤノンは乳房MRIガイド下生検用RFコイル「ブレストSPEEDER」を提供している。コイルフレームの上下左右動やフレームからのコイル着脱が可能で、アプローチ範囲を広く取れることが特長だ。戸﨑客員教授は、「ブレストSPEEDERは大胸筋に近い、内側への穿刺が可能で、生検をしやすいコイルです。MRIサーベイランスにおいては画像診断だけでなく生検ができることが重要で、今後はニーズが高まることが考えられます。高精細画像と生検をしやすいコイルの組み合わせは大いに活用できると思います」と評価している。
ほかにもキヤノンでは、HBOC診療に関連したソリューションとして多遺伝子パネル検査(MGPT)サービス「ACTRisk/ACTRisk Care」*1を株式会社ビー・エム・エルを通じて提供している。同院でもMGPTを実施しているが、垂野准教授は「BRCA陰性でもリスクが高い方にはMGPTを提案することもあります。リスクを層別化した検診は重要になっていくので、MGPTの活用が求められます」と必要性を説明する。戸﨑客員教授は、「今後はradiogenomicsの研究も進むと考えられますが、キヤノンはAI技術を活用した画像検査から遺伝子検査まで、総合診断ができるソリューションを提供できるので、個別化医療の実現に向けた取り組みを進めてほしいです」と期待を示す。
MRI生検外来の開設でサーベイランスの普及を促進
保険適用拡大により、HBOC診療は未発症者への予防医療という新たな段階に入った。垂野准教授はHBOC診療のこれからについて、「正しくサーベイランスを行うことで、抗がん剤治療が不要な早期の段階で発見し、薬による副作用に苦しまず、患者が望む生活を続けられる乳がん治療を提供する医療を当たり前にすることが理想です」と話す。そのためには、医療者がサーベイランスの意義を改めて認識し、生検も含めたMRIサーベイランスの実施体制を整えていくことがきわめて重要である。
MRIサーベイランスの知識と技術の普及、受け入れ体制の拡充にはまだ時間がかかることから、同院ではMRI生検の適応に関するコンサルテーションや、MRI生検を他院から受け入れる外来の立ち上げも予定している。垂野准教授は、「MRIで描出された病変を、当院に紹介いただき適切にMRIガイド下生検につなげることで、サーベイランスの受け皿ができること、かつ、乳腺外科医にサーベイランスの意義を実感してもらい、その認識が広がっていくことを期待しています」と外来開設のねらいを述べる。
今回の保険適用拡大を機に、改めてHBOC診療に関する正しい情報が社会に広く周知・認識されるとともに、乳腺外科医や放射線科医をはじめとしたチーム医療が深化し、すべての当事者が必要な医療にアクセスできる環境の整備が期待される。
(2026年6月29日取材)
*1 「ACTRisk/ACTRisk Care」は自費診療で使用されており、今回の診療報酬改定では対象外です。
*本記事中のAI技術については設計の段階で用いたものであり、本システムが自己学習することはありません。
*記事内容はご経験や知見による、ご本人のご意見や感想が含まれる場合があります。
一般的名称:MR装置用高周波コイル
販売名:ブレストSPEEDER MJAM-132A
認証番号:222ADBZX00117000
製造販売元:キヤノン株式会社
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