FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.55
病理診断科・病理部教授 羽賀博典 氏
Case59 京都大学医学部附属病院 100万件の症例データを瞬時にかつ柔軟に検索・参照できるデータベースが大学病院の臨床・教育・研究を支援する
羽賀氏
京都大学医学部附属病院(以下,京大病院)の病理部は,1899年の病院開設と同時に始まる長い歴史を持つ部門だ。院内外の組織診断,細胞診断,病理解剖,遺伝子診断などを行い,その件数は年間約3万近くに及ぶ。これらの病理診断で重要な役割を果たすのが,日々の診療の中で蓄積される検査データや病理診断を管理する症例データベースだ。100万件近いデータベースの基礎となったのは,1990年代に構築されたClaris FileMakerプラットフォームによる病理業務支援システムである。同院では,早くからFileMakerによる内製システムの開発を進め,病院基幹システムとの連携なども実現している。FileMakerのシステムは,業務支援の一部をベンダー製システムに移行しつつも,現在も症例データの検索・参照システムとして活用されている。FileMakerによる最初の病理業務支援システムを手がけ,現在にまでつながる症例データベースの礎を築いた病理診断科・病理部教授の羽賀博典氏に話を聞いた。
1990年代にFileMakerで病理業務支援システムを構築
京大病院病理部のFileMakerの活用は,1990年代前半に病理診断報告書を作成する目的で始まった。羽賀氏が赴任した1993年頃には,英語と日本語の報告書を定型フォーマットでレイアウト・印刷するシステムがFileMakerで構築されていた。当時について羽賀氏は,「報告書は手書きやタイプライターで作成していました。タイプライターは打ち間違えの修正が大変で,これをFileMakerで作成すると同時に,入力した診断内容を記録してデータベース化するようになりました」と説明する。
1999年にはFileMakerによる本格的な病理業務支援システムが稼働。羽賀氏が前任地で培った経験をベースに,独自に開発したシステムだ1)。羽賀氏は,「FileMakerがバージョンアップによりリレーショナル型データベースに対応したタイミングで,患者単位で,複数の検査結果を一括して参照できるようになりました。サーバ・クライアント環境も整えることで複数のスタッフが同時に使用できることから,日常業務を支援できるのではと考えて取り組みました」と構築のきっかけを振り返る。FileMakerで開発した病理業務支援システムは,検体受付や診断入力・印刷に加え,顕微鏡スライドのラベル発行,免疫染色オーダ,デジタルカメラの画像管理など,当時としては先進的な機能を実現した。さらに,病院のオーダリングシステムとの双方向連携により,患者情報の二重入力をなくした。羽賀氏は,「病理部に所属していた白瀬智之氏が,医療情報部(当時)とやりとりして実現しました。これによって患者情報などを二重入力する必要がなく,報告書作成やラベル印刷に至るまで業務が効率化されました」と述べる。
FileMakerによる業務支援システムは,2004年に業務支援部分をベンダー製システムへ移行したが,検索・参照機能は継続利用されている。羽賀氏は,「FileMakerの画面設計は病理医が自ら行っており,臨床データの検索と表示で優れています。そこで,ベンダー製システムのデータをFileMaker側に取り込み,FileMakerを検索専用システムとして継続して使用することにしました」と説明する。現在,業務支援システムは2016年に更新した「EXpath III」(インテック社製)が使用されている。
100万件のデータを検索・参照可能なデータベースをFileMakerで構築
高速で自由度の高い検索と表示で臨床・研究をサポート
病理部の診療件数は,組織診断1万3921件(うち迅速759件),細胞診断9874件(うち迅速621件),遺伝子検査1048件(いずれも2024年)。そのほか外部連携病院からの病理診断,衛生検査所からの検査受託,院外コンサルテーションなどを年間約4000件行っている。外部からの診断依頼の受付や報告書作成は,病理部内に設置したFileMaker Serverで運用されている。スタッフは,教員9名,専攻医2名,臨床検査技師11名,技術補佐員5名など。
FileMakerの症例データベースシステム(以下,症例DB)は,組織診断・細胞診断・遺伝子検査などの結果や病理診断のテキストを高速に検索・参照できる。羽賀氏は,「病理診断では過去の検査結果や診断内容を参照することが頻繁にあります。ベンダー製システムでは,組織診断や細胞診断を別々に検索することしかできませんが,FileMaker症例DBは1画面ですべてのデータを組み合わせて検索できます。同様の機能をベンダー製で実現しようと思えば,カスタマイズが必要で改修には費用がかかります。FileMakerであれば,表示項目や文字サイズの変更,新たな検査内容の追加も自分たちで対応が可能です」と言う。
FileMaker症例DBには,組織診断約40万件,細胞診断約44万件,剖検約3000件,遺伝子検査約1万件のデータが保存されている。「これだけの件数でも,FileMakerは検索が速いです。ベンダー製と比べてもその速さは段違いですし,FileMakerなら複数条件の絞り込みも容易です。診療には欠かせないツールになっています」と羽賀氏は評価する。
■Claris FileMakerプラットフォームで構築された病理症例データベースシステム
メイン画像
移植肝生検診断入力テンプレート
肝移植症例のフォローアップ画面
30年以上にわたり京大病院で使われ続けるFileMaker
FileMaker症例DBシステムに蓄積された膨大な臨床データは,業務だけでなく教育や研究にも活用されている。羽賀氏らは,肝移植後の経過を30年以上にわたり追跡した論文を発表した2)。これは,同院で生体肝移植が始まった1990年から,病理部の山邉博彦元教授が当時の「Claris Works」で作成した肝移植に関するデータベースが基になっていると言う。羽賀氏は,「山邉元教授が作成していた研究用のデータベースをFileMakerに移行して,診療データを含めて参照できるようになっています。論文は,小児の時に肝移植を受けた患者さんの転帰を30年にわたってフォローして評価したものです。おそらく肝移植の患者さんを30年以上にわたってフォローした報告は今までにないもので,それが可能になったのも症例データベースがあったからこそです」と述べる。病理部の症例データベースは部内だけでなく診療科にも提供されており,前立腺がんや乳がん,脳腫瘍などさまざまな分野の臨床研究にも活用されているという。
京大病院では,「総合医療情報システム(KING)」で診療情報を扱う電子カルテシステムと各診療科の研究用のデータベースであるFileMakerがシームレスに利用できる環境が構築されている。病理部門のFileMakerのファイルについても,院内にホストされ医療情報企画部が管理している。「京大病院はデータの利用を厳しく制限するだけでなく,同時に活用する方針で運用されています。FileMakerもその一環として安全に運用されています」と羽賀氏は述べる。
定型化の難しい病理部門のデジタル化への貢献に期待
羽賀氏はFileMakerの利点を,「誰でも取り組めるハードルの低さと,スクリプトを学べば業務システムレベルまで拡張できる奥の深さだと思います」と語る。1990年代にデジタル化を進めた背景には,台帳や診断記録もすべて紙で,検査結果の参照も標本の探索にも膨大な手間と時間がかかり,非効率を改善したいという思いがあった。「病理は,顕微鏡や病理標本などアナログ技術が根強く,また,標本画像や診断も複雑で定型化できない領域が多くあり,AIやDXの導入が難しい世界です。だからこそ,FileMakerのような拡張性の高いツールを活用することが重要です」(羽賀氏)と述べる。
“ドクターズドクター”と呼ばれる病理医の診断を,FileMakerプラットフォームの症例データベースが今後も数十年と支えていくであろう。
●参考文献
1)羽賀博典, 他:病理と臨床, 18(8):761-765, 2000.
2)Uebayashi, E.Y., et al., Liver Transplantation, 2025(Online ahead of print).
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