FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.57
事務局計画課主任 吾郷由佳 氏,事務局計画課 宮本千晃 氏
Case63 東京都立病院機構 東京都立墨東病院 未経験からのローコードによるアプリ開発で業務改革を支援し院内の医療DXを加速,年間1200時間・約600万円の削減へ
左から秋山幸久氏(TXP Medical),吾郷氏,宮本氏
東京都立墨東病院(765床)は,人口約150万人の区東部医療圏における総合病院(25診療科)で,三次救急医療,周産期医療,精神科救急医療のセンター的機能を担う地域中核病院として高度専門医療を提供している。同院では,コロナ禍で浮かび上がった課題に対応するため医療DXを推進しており,2022年には病院全体の公式プラットフォームとしてClaris FileMakerプラットフォームを採用し,診療や事務の業務を支援するカスタムアプリの内製開発に取り組んできた。電子カルテと連携し,患者情報やマスタデータを活用する医療系アプリと,紙運用の電子化や情報共有を推進する事務系アプリをFileMaker WebDirectで公開,業務改善やコスト削減を実現している。Clarisパートナーの支援も得ながらプラットフォームを構築し,ローコードを用いた内製開発に取り組む事務局計画課の吾郷由佳氏と宮本千晃氏に話を聞いた。
3000人の接種管理が限界に危機が導いたFileMaker導入
東京都立墨東病院では2021年に就任した足立健介院長の下,ポストコロナの時代に必要とされる医療の実現のため,医療DXを推進してきた。2022年の独立行政法人移行を機にシステム管理室を立ち上げ,2024年には都内3例目となるGEヘルスケア・ジャパン(株)の「コマンドセンター」を導入した墨東コマンド&コントロールセンターを開設するなど,デジタルの力を活用した改革を進めている。一方で,院内のさまざまな業務は紙の運用が中心で,一部はExcel管理を行っていたものの情報の蓄積や検索,集計,共有などが難しい状況にあった。
同院がClaris FileMakerを病院全体のプラットフォームとして導入することになった直接的なきっかけは,コロナ禍における職員の予防接種管理業務のひっ迫であった。吾郷氏は,「職員は委託も含めて約3000人おり,全職員の情報を職種別・所属別にリスト化して印刷し,接種日当日は事務部門の職員が総出でリストを目視で確認して受付していました。自治体へ接種証明を送付するためのデータ処理もあり非常に大変でした」と当時を振り返る。そこで業務システムをローコードで内製開発可能なプラットフォームの導入が検討された。FileMakerについては都立病院の中で先行して導入していた松沢病院と多摩総合医療センターを見学し,診療・業務支援の状況や実績を踏まえて FileMakerの導入が決定された。吾郷氏は,「クラウド型のノーコードシステムも検討しましたが,電子カルテとの連携も想定していたことから,オンプレミスでセキュリティを担保できるFileMakerを採用しました。また,以前から独自にスタンドアロンでFileMakerを利用して研究記録や患者台帳などを作成していた診療科医師からの,電子カルテと連携した環境でデータを共有して有効活用したいという要望も後押しになりました」と述べる。
未経験チームが自走するためパートナーが築いた土台
同院におけるFileMakerでの開発・運用は,FileMaker活用支援担当として院内やベンダーとの窓口を担う吾郷氏と,臨床研究担当のデータマネージャーである宮本氏の2名で行っている。スタートした当初は2人ともFileMaker開発の経験がなかったことから,J-SUMMITS代表でもある都立広尾病院の山本康仁氏の紹介で,Clarisパートナーの秋山幸久氏〔TXP Medical(株)〕に支援を依頼した。吾郷氏は,「FileMakerでの構築に当たってはほかのベンダーも検討しましたが,開発委託の提案で内部スタッフによるアプリの構築ができないものでした。秋山さんの支援はFileMakerの使い方からトラブルシューティングまで技術支援が中心でした。実際の開発では,最初はFileMakerのトレーニング動画やサンプルアプリを参考にして,わからないところを秋山さんにサポートしていただく形で進めました」と述べる。秋山氏との契約では,電子カルテ連携の開発のほか,設計・開発コンサルティング,ライセンス契約やサーバ運用保守などを委託した。
電子カルテデータとの連携では,秋山氏から提供されたデータ連携ツール「AD_Connector」を導入。AD_Connectorを介することで,電子カルテシステム(富士通製「HOPE EGMAIN-GX」)のDWHからSQLを用いて患者情報やマスタデータを設定した任意のタイミングで自動抽出し,FileMakerアプリに連携することができる。このほか,独立行政法人化に伴い,新旧の職員番号・電子カルテIDの紐付け作業や職員マスタのデータクレンジングなどのサポートも大きな助けになった。宮本氏は,「電子カルテとの連携をはじめ,サーバの調達や運用保守など,システムの開発における土台の部分をしっかりとサポートいただいたことで,未経験からでも自走できる内製化体制を確立できたと思います」と述べる。
20種超のアプリが生み出す生産性向上とコスト削減
FileMakerの基盤システムは,インターネットに接続した事務系,電子カルテと連携した医療系,医療系開発用の3台のFileMaker Serverを構築し,開発したアプリをFileMaker WebDirectで公開している。公開中のアプリは,事務系・医療系を合わせて20種類以上に及んでいる(図1)。
開発のきっかけとなった予防接種・検診アプリは,名札のQRコードスキャンで対象者確認ができ,負担の大きかった受付業務を劇的に改善した。QRコード付き名札もFileMakerで作成し,健康診断や研修受付までカバーする総務ポータルとして運用されている(図2)。また,事務系の院内物品利活用アプリは,各部署における余剰物品資産を,必要とする別の部署にマッチングさせるシステムで,稼働開始から4か月間で515の物品が利活用され,利活用された物品を購入した場合の経費(約448万円)の支出を抑制することができた。この成果が東京都立病院機構でのテーマ別改善運動(QC活動)で評価され,2024年度に優秀賞が贈られた。
医療系では,初期に開発したアプリとしてキャンサーボードノートがある。がん治療のカンファレンス記録は紙で行われていたが,病院機能評価の更新受審の際に情報の集約・検索ができないことが課題として明らかになり,現場からの依頼を受け開発したものだ。電子化により,患者IDに基づく横断的な検索や監査時に求められるPDFでの文書作成などが可能となった。
また,緊急購入薬品申請システムは,紙での運用だった緊急購入申請をFileMakerにより電子化した(図3)。物理的な押印作業が不要となったことで申請から承認までのリードタイムが短縮され,業務効率化と迅速な対応体制構築につながっている。医師,薬剤師,事務の作業時間を年間約1200時間削減できる(約600万円の業務負担軽減効果)と試算しており,本アプリも含めた医薬品関係業務最適化の取り組みは,機構の2025年度のQC活動表彰で最優秀賞を受賞した。
■Claris FileMakerプラットフォームで開発した医療系・事務系アプリ
図1 WebDirectに公開された医療系アプリメニュー
図2 総務ポータルの予防接種一覧
図3 緊急購入薬品申請システムの申請一覧画面
“なぜ作るか”を問う使われ続けるための開発哲学
医療系アプリについて,電子カルテ連携により患者情報などを容易に活用できる利便性が周知されたことや,それまで研究費で個別に導入していたFileMakerを病院全体のプラットフォームとして利用できるようになったことから,院内での利用が徐々に拡大した。アプリ開発は現場の具体的な課題解決を起点として進められ,導入当初は寄せられた開発依頼を基本的にすべて受け付けて対応していたが,現在はアプリ開発による効率化の先にある真の目的を重視したスタンスに変化している。開発依頼があった際には,ヒアリングを行って業務改善への意識を確認し,要求仕様書のテンプレートを用いて背景や課題,目的,機能要件,運用責任者を明確化してから開発を行い,依頼側とプロトタイプの確認を行った上でリリースする方法をとっている。その理由について吾郷氏は,「アプリを使って業務改善をするのは依頼元の部署なので,自分たちで改善するという意識を持って動いてもらわなければ,アプリは引き継がれず使われなくなってしまいます。それを防ぐために,マニュアルの作成も各部署に任せ,業務改善をしたいという意思のある部署からの開発依頼を受ける形にしました。また,医師が自らアプリを開発するケースもありますが,計画課がどのように関わるのかを事前に話し合い,整理するようにしています」と説明する。
2029年のカルテ更新を見据え内製開発で柔軟にDXを実現
アプリ内製化における課題の一つに,開発やメンテナンスの属人化が挙げられる。計画課では,その対策として院内からの問い合わせや対応内容を記録するシステム管理室FAQや,開発における知識を蓄積するFileMakerナレッジデータベースといったアプリを作成・活用している。宮本氏は,「過去の案件や問い合わせ内容,補足資料,対応履歴や対処法について蓄積し,キーワード検索できるようにしておくことで,開発・管理者が替わった時にも資産として残すことができます」と述べる。
東京都立病院機構では,14病院の電子カルテをNEC製システムへリプレースすることを発表し,同院では2029年の更新が予定されている。更新後もAD_Connectorを介したデータ連携により,医療系アプリもそのまま使用することが可能だ。吾郷氏は「3文書6情報や手術記録のテンプレート記載などを抽出・整理し,移行後も過去カルテの検索性を維持できるような環境整備を検討していきます」と述べ,システム移行を支える中間基盤としてFileMakerを位置づける実践的な視点で今後を展望する。ローコード開発による内製アプリの活用が,同院の医療DXを加速させていく。
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