FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み

ITvision No.57

副院長・IBDセンター長 前本篤男 氏

Case64 札幌東徳洲会病院 問診情報の収集や電子カルテと連携した炎症性腸疾患の診療データベースの構築にFileMakerを導入し,IBDに対する診療や研究に活用

前本氏

前本氏

札幌東徳洲会病院のIBDセンターは,炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease:IBD)の診断と治療を専門に行う診療部門として2008年に開設された。以来,同センターでは,外来患者の診療データや問診データを長期にわたり蓄積し,日々の診療と臨床研究の双方に活用してきた。根治が難しく,寛解と再燃を繰り返すIBDでは,薬物療法による継続的な管理と,患者の生活の質(Quality of Life:QOL)を含めた経過把握が重要となる。そのためのデータ管理基盤として,同センターで長年運用されているのが,ローコード開発プラットフォームClaris FileMakerである。

寛解と再燃を長期にわたり繰り返すIBD

IBDは,腸を中心とする消化管粘膜に慢性的な炎症が生じる疾患の総称であり,代表的な疾患に指定難病である潰瘍性大腸炎とクローン病がある。腹痛,下痢,血便,発熱,体重減少などの症状が長期にわたり持続したり,再燃したりすることが特徴で,根治が難しい疾患とされている。副院長でIBDセンター長の前本篤男氏は,IBDを「単なる消化管の病気ではなく,免疫機構に異常を来す病気」と説明する。腸は腸内細菌との関係を通じて免疫細胞を活性化・調整し,病原体から身体を守る役割を担う。その免疫機構に異常が生じ,自身の免疫細胞が暴走して炎症状態が持続する。「発症から5年,10年,なかには20年以上治療を続けている患者さんもいます。免疫をコントロールする多種多様な治療薬を用いながら,症状が一時的に軽くなったり消えたりする寛解状態をできるだけ維持し,患者さんが自分らしく生活できる状態を長く保つことが診療の大きな目標です」と前本氏は述べる。
潰瘍性大腸炎は,大腸の粘膜に炎症が起こり,粘血便や下痢,腹痛などを来す疾患である。10〜30代で発症することが多いとされるが,小児や50歳以上の年齢層でも発症する。国内の患者数は2023年時点で約31.7万人と推計され,2015年調査の約1.4倍に増加している。一方,クローン病は,消化管粘膜に原因不明の炎症や潰瘍が生じる疾患で,小腸,大腸に加えて,食道,胃,十二指腸などにも病変が及ぶことがある。10〜20代の若年層での発症が多く,国内の患者数は2023年時点で約9.6万人と推定され,こちらも2015年調査の約1.4倍に増加している。指定難病348疾患(2025年4月現在)のうち,特定医療費受給者証所持数では,潰瘍性大腸炎がパーキンソン病に続く第2位,クローン病が第4位となっている。

多職種がIBDを理解し患者に向き合うチーム医療を実践

同センターには,現在,約1500〜1600人の患者が通院しており,その内訳は潰瘍性大腸炎が約1000人,クローン病が約500人である。2008年の開設以来,累積では2000人を超える患者を診療してきた。同センターは,北海道におけるIBD診療の重要な拠点の一つとして,長期にわたる疾患管理と専門的治療に取り組んでいる。同センターの強みは,上部・下部内視鏡検査をはじめ,小腸MRI検査,カプセル内視鏡検査,バルーンアシスト小腸内視鏡検査などによる的確な診断に加え,患者の状態に応じてできるだけ早期に適切な治療を選択・提供し,長期にわたって経過を見守り続ける点にある。IBDは,食事,仕事,学校,家庭生活,精神的ストレスなどが病状に影響しうる疾患であり,医師による外来診療だけでなく,看護師,管理栄養士,薬剤師などによる聞き取りや生活指導も重要になる。前本氏は,「さまざまな職種がIBDの病態を理解し,みんなで患者さんに関わるチーム医療を行っています」と話す。

左からDBPowers・有賀啓之 氏,前本氏,IBD副センター長・伊藤貴博 氏

左からDBPowers・有賀啓之 氏,前本氏,IBD副センター長・伊藤貴博 氏

 

診療の質を高める鍵は「患者の声」を蓄積すること 

IBD診療では,より的確な治療を選択するために,血液検査や便検査などの客観的データと,患者自身のQOLに関わる問診情報を継続的にモニタリングすることが重要になる。日常生活の変化は,病状を理解し,治療方針を検討するうえで欠かせない情報である。同センターが早くから取り組んできたのが,Claris FileMakerを活用した患者参加型のデータ収集である。
IBD患者のQOLを評価する指標として,IBDQ(Inflammatory Bowel Disease Questionnaire)が用いられている。IBDQは,腸管症状,全身症状,社会生活,情緒の4側面32項目から患者の生活状況を数値化し,治療効果や寛解状態の評価に役立てる指標である。同センターでは,その短縮版であるShort IBDQ(10項目)について,外来受診のたびに問診を実施している。患者は診察前の待ち時間に,iPadなどを使って回答する。腹痛,下痢,排便回数など腸管症状に関わる項目に加え,身体機能や社会活動に関する10項目の質問にタッチ操作で答える仕組みで,1〜2分程度で入力できる。回答結果はFileMaker上に時系列で蓄積され,グラフでも確認できる。
「私たちは,前回診療時と比べた変化を把握しやすく,寛解状態にあるかどうかを判断することができます。患者さんも,グラフによって自身の病態変化を客観的に理解できます。寛解と活動期を長年繰り返す疾患なので,客観的な指標に基づいて判断するための一つのツールとしてデータを取り続けています」(前本氏)
こうしたデータ取得は18年にわたり継続され,すでに10万件以上のデータが蓄積されている。IBDQのデータに加え,症状,血液検査,便検査,内視鏡所見などを組み合わせた疾患活動性指標を蓄積・管理することは,日々の診療に生かされるだけでなく,薬剤ごとの効果や副作用との相関を調べる臨床研究にもつながっている。

定期的に外来受診するIBD患者は,診察前にiPad(FileMaker Go)で自身の生活状況を回答する。

定期的に外来受診するIBD患者は,診察前にiPad(FileMaker Go)で自身の生活状況を回答する。

 

DBPowersの支援でIBD診療のデータベースをブラッシュアップ

DBPowersの支援でIBD診療のデータベースをブラッシュアップ

 

電子カルテの一次情報では届かない領域をFileMakerで補完

IBD診療では,患者のQOL,採血結果,疾患活動性指標,薬剤ごとの効果・副作用など,長期に追跡すべき情報が膨大にある。患者一人ひとりの情報は電子カルテの中に一次情報として記録されているものの,それを研究や高度な診療支援に活用しやすい形で取り出せるとは限らない。必要項目を絞ってCSVで抽出しても,10年分の経過を時系列で並べたり,薬剤ごとに評価しやすい形へ整えたりするには,多くの手作業が必要になる。前本氏は,電子カルテ内の一次情報を二次情報として十分に活用する難しさを率直に語る。
そこで同センターでは,FileMakerを診療や研究の目的に合わせてデータを再構成するための基盤として活用している。薬剤ごとの投与週数,CRP(炎症反応),副作用,効果判定などを1件ずつ整理し,臨床研究に堪えうる形で蓄積してきた。潰瘍性大腸炎の薬物療法では,ステロイド系薬剤,免疫調整薬,生物学的製剤など多様な薬剤が用いられ,近年も1〜2年のうちに複数の新薬が承認・販売されている。こうした薬剤情報を患者の炎症状態と併せて管理し,最適な治療法を導き出す研究を進めるうえで,FileMakerは欠かせない存在になっている。臨床研究で得られた知見は,患者一人ひとりの治療方針にもフィードバックされる。

開発パートナーの支援が構想を前進させる

この取り組みを支えているのが,Clarisパートナーである(株)DBPowers(札幌市)の有賀啓之氏である。有賀氏の支援は,IBD領域だけで約1年半に及び,その前段階として医学研究所の外部資金や助成金管理システムの構築にも関わってきた。前本氏は長年にわたり自身でFileMakerのシステムを作り上げてきたが,現在は有賀氏の支援を受けながら,より保守性の高い構成へと再構築を進めている。
「私の知見で作り上げてきたシステムは,ファイル構造がいわゆるスパイダー形式(クモの巣状態)になっていました。有賀さんから今の考え方を教えてもらい,整理されたテーブルオカレンスに変えていく作業を一緒に行っています」(前本氏)
有賀氏の貢献は,システムを洗練された形に再構築することにとどまらない。前本氏らが長年蓄積してきたデータや運用の意味を理解し,電子カルテの一次情報からFileMakerへデータを取り込む際に,どこを自動化すれば現場の負担を減らせるのか,どこは人の判断を残すべきなのかを共に検討しながら改善を進めている。これまで手作業で行っていたデータ投入や集計処理を簡素化する方法を助言し,古い構造のデータベースを現在の運用に合わせて見直す後押しをするなど,伴走型の支援が続いている。医療者の発想と,DBPowersのような技術パートナーの実装力が結びつくことで,FileMakerは単なるデータベースツールにとどまらず,医療現場に根付いた診療・研究支援基盤へと進化している。

医療現場に根付き,診療と研究を支えるFileMaker

同センターの取り組みは,FileMakerが医療現場で果たす役割を端的に示している。現場の課題に合わせて画面や項目を柔軟に変更できること,患者の声を直接集めて可視化できること,電子カルテに蓄積された一次情報を,診療と研究の双方に活用しやすい二次情報として再構成できること。これらは,既製のパッケージシステムだけでは実現しにくい価値である。FileMakerの優位性は,医療者が現場の課題に合わせて必要な仕組みを育て続けられる点にある。患者のため,研究のため,そして医療者自身の判断を支えるために,データを継続的に蓄積し活用できる形へ整えていく。同センターの実践は,医療DXの本質が派手な技術導入ではなく,現場に根差した地道な実装と継続にあることを示している。

 

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医療法人徳洲会 札幌東徳洲会病院

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