VARIAN RT REPORT

2020年5月号

がん医療における放射線治療最前線 No.9

聖路加国際病院における乳がんの深吸気息止め照射について

水野 統文(聖路加国際病院放射線科放射線治療品質管理室)

はじめに

近年,乳がん放射線治療時の心臓線量と治療終了後数年以降の心血管疾患との関連が指摘1)されており,心臓線量の低減が患者利益となることが示唆されている。心臓線量の低減技術としては,特別な治療体位(腹臥位など)や強度変調放射線治療の利用などが挙げられるが,特に有効な手法として深吸気息止め(deep inspiration breath hold:DIBH)照射が欧米で頻用2),3)されている。本邦でも2018年4月より,左乳がんに対するDIBHが呼吸性移動対策加算として算定可能となり,本技術を提供する環境が整いつつある。
本稿では,汎用リニアック「CLINAC iX」および同装置付属の「Real-time Position Management(RPM)System」(共にバリアン社製)を用いた,当院における全乳房DIBH照射について概説する。

乳がん治療におけるDIBH

乳がん放射線治療においてDIBHは,深吸気息止め時の肺野の拡張を利用し,標的と心臓間のスペースを確保することで心臓線量を低減する目的で利用される(図1)。呼吸制御の手法は,スパイロメーターをベースとしたactive breathing coordinatorシステムなどで機械的に制御する手法(ABC-DIBH)と,患者の自発的(voluntary)な息止めによる手法(vDIBH)に大別3)される。また,呼吸停止位置の指標としては,皮膚マーキングと治療室レーザーを利用する簡便な方法,体表面に設置した各種サロゲートマーカー(指針,赤外線反射マーカーなど),あるいは光学的に体表面の三次元情報を取得する方法など,多様な選択肢が存在する。さらに,得られた呼吸制御に関する情報を患者に音声や視覚情報でフィードバック(visual feedback:VFB)し,その再現性やスループットを向上させる試み4)も行われている。

図1 全乳房照射における自由呼吸時(a)と深吸気息止め時(b)の線量分布の比較

図1 全乳房照射における自由呼吸時(a)と深吸気息止め時(b)の
線量分布の比較

 

当院における全乳房DIBHの変遷

当院では,2011年に胸腹二点式呼吸モニタ用器具を用いたvDIBHを全乳房照射で開始した。当初は治療計画開始前および治療期間中に,治療計画用CT装置を用いた呼吸停止位置の確認を複数回行うなど,慎重に臨床適応を行った。ある程度知見が得られてからは,より多くの患者への本技術の提供をめざしている。2015年からは手技の簡便化のために呼吸モニタリングシステムをRPMに移行し,2016年からはスループット向上のためにVFBの併用を開始した(図2)。

図2 聖路加国際病院における全乳房DIBH患者数

図2 聖路加国際病院における全乳房DIBH患者数

 

全乳房DIBHの実際

当院における全乳房DIBHに関して,重要と考えられる4項目について紹介する。

1.RPMを利用した呼吸停止位置のモニタリング
RPMは,赤外線カメラ(図3 a)を用いて体表面に設置した赤外線反射マーカー(図3 b)を検出し,マーカー位置のモニタリングおよびビーム制御を行うシステムである。当院では,全乳房DIBHの際はamplitudeモードを適用し,標的の対側胸部にマーカーを設置(図3 c)して,照射前および照射中の呼吸停止位置のモニタリングを行っている。

図3 RPMによる呼吸停止位置のモニタリング

図3 RPMによる呼吸停止位置のモニタリング
a:赤外線カメラ b:赤外線反射マーカー
c:治療計画の三次元表示

 

2.VFBによる患者の息止め補助
VFBは治療寝台にRPMのスレーブモニタを装着(図4 a)することで実施している。RPMにより取得されたマーカーの位置情報(図4 b)のうち,必要な情報をトリミングして表示(図4 c)することで,患者に自身の呼吸状態のフィードバックを行い,呼吸停止位置の視覚ガイドとしている。

図4 VFBのシステム構成

図4 VFBのシステム構成
a:寝台に装着されたスレーブモニタ
b:RPMにより取得されたマーカーの位置情報
c:患者へフィードバックされる呼吸停止位置の視覚ガイド情報

 

3.放射線画像を併用した呼吸停止状態の確認
各種サロゲートマーカーによりモニタリングされる対象は,一部の体表面情報のみである。呼吸による体内構造(心臓の位置など)の変位を直接的に反映しているわけではないことに留意する必要がある。当院の場合,照射開始前および照射中に「On-Board Imager(OBI)」および「PortalVision」(共にバリアン社製)の放射線画像を用いて体内構造の確認を行っている(図5 a)。特に,照射中のシネ画像(図5 b)は治療ビームを利用するため,追加の撮影線量なしに多くの情報取得が可能であり有用である。

図5 照射前および照射中の画像確認

図5 照射前および照射中の画像確認
a:CLINAC iXに搭載されたOBIおよびPortalVision
b:PortalVisionで取得された照射中のシネ画像

 

4.患者への呼吸指導
vDIBHは,患者の自発的な息止めによって呼吸停止位置が決定する。そのスムーズな実施のためには,患者の治療への協力および個々に応じた治療内容の理解が重要である。当院では,治療計画CT撮影日の数週間前から,図6に示すような教材を用いて,主に看護師から放射線治療オリエンテーションを行っている。

図6 患者への呼吸指導教材

図6 患者への呼吸指導教材
a, b:DIBHパンフレット c:DIBH紹介動画

 

これまでの当院の全乳房DIBHの評価

当院で2016年から2019年にかけて全乳房照射を行ったアジア人女性(n=85)に対する研究5)では,自由呼吸下の治療計画では平均心臓線量が156.2±94.0cGyであったのに対し,DIBHでは75.2±39.9cGyと有意(P<0.001)に低減した。本邦の対象患者においても,DIBHによって平均心臓線量が約50%低減することが示された。また,照射中のシネ画像(668治療)を用いた照射位置の解析6)では,約90%が治療計画に対して±3mm内に収まっていた。RPMとVFBを併用することで,全乳房DIBHを精度良く効率的に実施可能と考える。

おわりに

当院における全乳房DIBHの実際を紹介した。使用機器の多くは,標準的な治療装置の構成に含まれる。本文中で触れた留意点などはあるが,大がかりな追加設備なしに多くの施設で実施可能な手法である。今後,本技術の適応が望まれる乳がん患者に対しては,治療オプションとして随時提供可能な体制の整備が期待される。

●参考文献
1) Darby, S.C., Ewertz, M., McGale, P., et al. : Risk of ischemic heart disease in women after radiotherapy for breast cancer. N. Engl. J. Med., 368(11) : 987-998, 2013.
2) Bartlett, F.R., Donovan, E.M., McNair, H.A., et al. : The UK HeartSpare Study (Stage II) : Multicentre Evaluation of a Voluntary Breath-hold Technique in Patients Receiving Breast Radiotherapy. Clin. Oncol., 29(3) : e51-e56, 2017.
3) Latty, D., Stuart, K.E., Wang, W., et al. : Review of deep inspiration breath-hold techniques for the treatment of breast cancer. J. Med. Radiat. Sci., 62(1) : 74-81, 2015.
4) Cerviño, L.I., Gupta, S., Rose, M.A. : Using surface imaging and visual coaching to improve the reproducibility and stability of deep-inspiration breath hold for left-breast-cancer radiotherapy. Phys. Med. Biol., 54(22) : 6853-6865, 2009.
5) Yamauchi, R., Mizuno, N., Itazawa, T., et al. : Dosimetric evaluation of deep inspiration breath hold for left-sided breast cancer : Analysis of patient-specific parameters related to heart dose reduction. J. Radiat. Res., 2020(Epub ahead of print).
6) 山内遼平,水野統文,板澤朋子, 他:赤外線反射マーカーを用いた乳がん深吸気息止め照射法の位置精度評価. 第32回高精度放射線外部照射部会学術大会, 2019.

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